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カテゴリ:記憶の襞の奥に住む人

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    [ 2009-05-11 22:08 ]

『マッピー』用ボーダー

流される




子供の頃、父はよく板付空港(福岡空港)のターミナルビルにあるロイヤルホストとい
うレストランに連れて行ってくれた。
離着陸する巨大な飛行機を眺めながらハンバーグやカレーを頬張っていると、なんと
も言えず幸せな気分になったものだった。

何歳だったのかは良く覚えていないのだが、ある日、姉や母抜きで二人きりで食事に
出かけたことがあった。
テーブル脇に置かれた小瓶に入った塩を、ハンバーグの隣に並べたライスに振りかけ
ていると、父は僕を見つめながら突然尋ねてきた。

「なんで・・塩をかけるんだ?」

怒っている訳ではないのだが、どこか強い口調だった。

「えっ?だって・・みんなかけてんじゃん・・」
(当時は、なぜかみんなレストランでライスに塩をかけていたのだった)
そう答えながら、
『塩なんていつもかけているのに・・父さんはなんで今日に限って変なことを言うんだ
ろう?』
と思っていると、

「みんなが塩をかけてたら・・おまえは何にでも塩をかけるのか?」

と返してきた。

「いや・・そんなことないけど・・」

そう答えると、父は続けて言った。

「おまえは家でも・・ご飯に塩をかけるのか?」
「いや・・家で食べるときはかけないよ・・」

父はそれ以上は何も言わなかった。
なんとなく気まずい雰囲気になって、僕もそれ以上は何も言わなかったのだが、この
日の出来事は僕の頭の中に強烈に刻まれた・・のだと思う。
その日以来、僕はレストランでライスに塩をかけなくなったから(笑)

父が呼んでいた板付空港という名前は、東京では知る人もほとんど居らず、
ときどき会話の中で言い間違えると、
「えっ?それってどこの空港?」
などと返されることもあるのだが、僕の記憶の中ではロイヤルホストは板付空港と
深く結びついている。
仕事で、東京や横浜の街を道を歩いているときにロイヤルホストを見かけると、
板付空港と、ハンバーグとライスと、塩と、それから父の顔がよみがえって来る。

ずっと後になってから、
『父はなぜあんなことを言ったのだろう?』
と考えたことがあるのだが、当時小学生だった僕の知らないところで、父は慣れない
福岡という土地での仕事や母の病気のことで、随分と思い悩むことがあったのだろう
と思うようになった。いまとなってはそれも僕の勝手な想像に過ぎないのだが(笑)

「流されるな」
と、言いたかったのかも知れない。
ともすれば、流されそうになる自分自身に対して向けた言葉だったのかも知れない。

息子と二人で食事をしているときに、
「父さんが子供の頃は、良くライスに塩をかけて食べたんだよ」
と言うと、
「へぇ・・なんで?意味ないじゃん」
と返されたことがある。
きっと、この日の会話は息子の記憶には残らないと思うが、少なくともあの頃の僕
よりは、息子は流されていないのかも知れない。

それはそれで、ちょっとだけ嬉しく思う。

by gauche3 | 2011-08-18 20:08 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(4)

『マッピー』用ボーダー

Escキー




今日は父の誕生日だった。
昨晩はちゃんと覚えていて、朝起きたら線香をあげようと思っていたのに、
すっかり忘れて家を出てしまった。

昭和3年3月3日。
「女の子の日だからな・・ゾロ目だし」
生前、自嘲気味に良くそんなことを言っていた。
姉の娘が平成6年6月6日に生まれると、ゾロ目仲間が増えた事を喜んでなのか、
事ある毎にその話をしつつも、
「でも、俺たちのは暗証番号には使えないな・・」
などとぼやいていた。

父が危篤に陥ったとき、小姉は父から預かっているキャッシュカードの暗証番号
を聞いてくれと、僕に頼んで来た。
さすがに誕生日はあり得ないだろう、なんてことを姉弟で話しながらも、
何とも嫌な役回りのように感じて、
「おまえさぁ・・自分で聞けよ・・」
と一度は断ったのだが、結局、姉の懇願に負けて聞く羽目になってしまった。

混濁する意識の中で、父はときどき、僅かに僕を認識する。
心の表皮にできた擦り傷に、砂粒を擦り込まれるような不快感に包まれながら、
僕は父に暗証番号を聞いた。
父は、聞き覚えの無い4桁の暗証番号を僕に伝えた。
僕がその番号を聞き返すと、
「そうだ」と頷いた。

何かこう・・人として踏み込んではいけない場所に、思わず片足を突っ込んでしま
ったかのような・・そんな罪悪感に苛まれながら、電話で姉にその番号を伝えた
のだが、翌日会った姉は、
「おまえが聞いた暗証番号は違うみたいだよ・・」
と残念そうな表情をしていた。
「もう一度聞いてくれ」とは、さすがに言って来なかったが、姉は姉で病院の支払
いなどもあり、まとめてお金を引き出せない預金口座に困っているようだった。

一昨日会社で、久しぶりにフロッピーディスクを使って、廃棄処分するパソコンの
HDD内のデータを完全消去する作業を行っていた。
数台あるパソコンの中の1台は、10年以上も前に父が僕にくれたものだった。
ずっと捨てられずに、会社の研修マシンとして使えないかと思い、自宅から持ち
込んだのだが、ほとんど使われないまま今日に至ってしまった。

ブルースクリーンの上で小さな白い文字が回転を続け、その下に新たな文字が
書き連ねられてゆく。
米国国防総省準拠方式のアルゴリズムとやらでデータが抹消され、
復元不可能な磁性体になってゆく。

なぜだか突然、Escキーを押して作業を中断したくなった。

by gauche3 | 2011-03-03 22:10 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(6)

『マッピー』用ボーダー

しがらみ



東京では珍しく、今日は一日中雪が降っていた。

息子とその友人に、太宰治が気に入っていたという
三鷹の陸橋を教えてやると、
「ちょうどいま授業でやってる!」
と、ちょっとした感動を覚えたようであった(笑)

「しがらみ」は、「柵」と書くのだと、
そう教えてくれた人はもう土の中。

人間はこんな風にして、些細なことを伝えてゆく。
響くか響かぬかは別として。

しがらみは、どこか暑苦しいのだけれど、
それは、生者の特権でもある。

ときどき、苦しくなるのだけれど、
しがらみを大切に思ったりもする。


by gauche3 | 2011-02-12 00:09 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(4)

『マッピー』用ボーダー

金屑川


『人はなんで狂うんだろう?』

小学生の頃、
家の前を流れる金屑川を眺めながら、そんなことを考えていた。

家々から垂れ流される汚水。
半固形のような川面。
漂って来る異臭。
遠い夏の記憶。
下校途中。
電柱。
涙。

「金屑川は・・いっつも・・室見川に負けちょる」
友達の顔は想い出せないのだが、何故だか言葉だけは覚えている。
二つの川は、僕らが三角州と呼んでいた場所で合流する。
三角州には、呆れるほど色んな生命がへばり付いていた。

『海に流れ込んだら・・みんな一緒やん』
本当はそう思っていたのだが、
そのときは、ただ頷くことしか出来なかった。


by gauche3 | 2010-02-20 21:37 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

約束



「無縁社会」
先日、NHKで放送されていたドキュメンタリー番組。
一昨年、分かっているだけでも32,000人の方が、「無縁死」をされたのだという。

「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」という言葉を、この番組を観て初めて知った。
本人の氏名や本籍地などが分からず、遺体の引き取り先も無い方のことを、こう呼ぶの
だそうだ。

自治体や大家さんから依頼を受けた「特殊清掃業者」の方々が、遺骨を宅急便で送る際、
品名に「陶器1個」と書いている映像を見ていたら、物哀しい気持ちに包まれてきた。
32,000人のうち、実際に警察でも自治体でも身元が分からない人は1000人程度で、
そのほとんどは家族がいるのに引き取られることがないのだという。

NPOと生前契約をして、死後は合同墓地に入るというケースも増えているそうだ。
繋がりを失って人は無縁化する。
安心して老いることが出来ない社会、安心して死ぬことができない社会、そういったもの
への警鐘的な番組であった。
でも、それは今に限ったことでは無いような気もする。
ドキュメンタリーを観ている最中、亡くなった家族のことや知人のことを思い出した。

若い頃、新宿から2駅ほど離れた酒屋さんで配達のアルバイトをしていたことがある。
大型店などは社員の方が軽トラで大量の配達を行い、僕らアルバイトは自転車の荷台
や前カゴに目一杯のお酒を積んで、個人宅や小さな居酒屋さんを回るのだった。
配達先には、家族と共に暮らしながらも病床に伏せているご老人(お酒はちゃんと飲ん
だりするのだ・・)や、風呂無しの四畳半一間に暮らすご老人などがたくさん居た。
ちょっと怖い堅気で無い方々や、こちらが届けるお酒の5倍くらいの空き瓶や空き缶を
「ついでに捨てておいて!」と渡す水商売風の女性などなど・・
思い返せば「生きてゆく」ことを、ものすごく強く考えさせられたアルバイトだった。

独り暮らしのご老人は、皆さん部屋を小綺麗にされており、夏の暑い日などには冷たい
麦茶を入れて下さったりした。狭い玄関で少しばかりの世間話をして、酒屋までの帰路、
いつか自分もあんな生活をしているのかもしれない、と思いながら、自転車のペダルを
何故だか強く強く踏みこんだものだった。

ときどき、お店にもお酒を買いに来られるOさんという男性のご老人が居た。
この方も、風呂無しのアパートで独り暮らしをされていたのだが、ある日配達に行くと、
「猿夫さん、今度一緒にお酒でも飲みに行きましょう」誘ってくださった。
僕はOさんが結構好きだったので、「是非連れて行ってください」とお返事したのだった。

それから数ヶ月経ったある日、店内で弁当を食べながら、
「そういえば・・Oさん・・最近お見えになりませんね?」
と僕が言うと、腕が丸太のように太い古参のAさんが、
「あぁ・・あの人・・先日亡くなったぞ。昔はこの辺りの名士だったんだけどなぁ・・」
と言った。
「えっ・・ホントですか?オレ・・飲みに行こうって誘われてたんですよ・・」
「あぁ・・そりゃ残念だったな・・美味いとこにでも連れてってもらえたのになぁ(笑)」

Oさんは、無縁死をされた訳ではないだろう。
酒屋のAさんもご存知だったくらいだから、僕の知らぬところで葬儀も行われたのかも
知れない。
独りで生きておられる方全てが、何の繋がりも無く生きている訳ではないと思う。
あの頃、僕がビールや日本酒を届け続けた方々は、いまも達者にしておられるだろうか。
テレビを観ながら、Oさんとの約束のことを、ふと想い出した。


by gauche3 | 2010-02-06 19:17 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(4)

『マッピー』用ボーダー

いまいましい魔法



幼い頃住んでいた町。
大人になってから訪ねてみると、思いのほか様々なものが小さく見える。

個人経営の店が立ち並ぶ商店街、緩やかな勾配で続く上り坂、薄暗くなる
まで遊んだ児童公園・・
そんなすべてのものが、いま改めて見ると、狭かったり奥行きがなかったり・・

大雨の日、アンテナに雷が落ちたお寿司屋さんも、来客があるとおつかいに
行かされた団子屋さんも、下校途中の溜まり場になっていた駄菓子屋さんも、
みんな跡形も無く消えていた。

あの頃の記憶は、どこかジオラマっぽい。
見知らぬ誰かに、とけない魔法でもかけられていたかのようだ。
わずか一年ばかりしか住まなかった町にも、想い出はたくさん残されている。

毎日のように通った駄菓子屋のおばさんに、引っ越しをする前日一人で挨拶
へ行くと、大きな紙袋に手当たり次第にお菓子を入れて渡してくれた。
僕がわずかばかりの小遣いで買った駄菓子の利益は、このとき全部吹っ飛ん
で更に大きな赤字になったと思う。

何処かで元気に暮らしておられるだろうか。
別れ際、僕の頭を撫でながら、この人は僕に魔法をかけたのかも知れない。
この人だけでなく、少年時代、自分の周りには何人かの魔女が居たのだと思う。

人は信じるに値するものなのだという、いまいましい魔法をかけた魔女が。
このうす汚い世界で、呼吸困難に陥りそうになるとき、このいまいましい魔法が
そっと発動する。
そのまま無かったことにしたり、誰かを呪ったりすれば、楽に生きられるのかも
知れないが、なかなかそうはさせてくれない。


by gauche3 | 2009-10-02 18:50 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(2)

『マッピー』用ボーダー

当たり前のことが


以前から観てみたいと思っていた映画「おくりびと」を、先日やっとテレビ放送で観た。
友人と映画館まで足を運んだ女房が、「観た方がいいよ」と勧めてきた映画だったのだが、その後アカデミー賞を受賞して報道が過熱し始めると、ひねくれ者の僕はかえって足が遠のいてしまったのであった(笑)

もう10年以上も前のことだが、本屋さんで「納棺夫日記」という不思議なタイトルの文庫本を目にして、何となく手に取り頁をめくると、好きな作家である吉村昭氏が序文を書かれていた。
著者の青木新門氏は、納棺を職業とされながら、詩人でもあるという。
興味を持った僕は小さな文庫本を購入したのであった。
おくりびとの原案も、この納棺夫日記にあるらしい。

当時、突然母が亡くなってから2年以上経過していたのだが、僕はまだその死を上手く消化出来ていなかった。
今でも相変わらず未完成のままなのだが、パソコンの中には、棺のことを詠った詩が残されている。

 棺に残された痕は
 過去に零れ落ちる涙の様でもあり
 再生される未来の為の
 命の刺青の様でもあった

 白木を伝う血糊の跡は
 終焉を告げる響きの様でもあり
 産道を抜け出たばかりの
 胎児の皮膚の様でもあった

この先を書けぬまま、10年以上も経ってしまった。
葬儀の場でこんな棺を見たことも無かったが、後方に飾られた華美な葬儀品とのアンバランスさに、何やら不条理な怒りさえ覚えつつも、
『死に顔を見なくては・・』と思い、葬儀社の男性と父の間を抜けようとしたのだが、そのとき葬儀社の男性が、
「見ない方が・・いいですよ・・お棺にお納めするのも大変でしたから・・」
と言いながら僕を制止したのだった。

さんざん迷った挙句、結局、死に顔は見なかったのだが、後日納棺してくださった方の苦労を思い、心の中で手を合わせた。
父とも相談をして、お通夜の前にその棺に納められた母を火葬して、遺体があるべき場所に遺骨だけを置いておいた。
そのことで参列された方々から、随分と責められることとなったのだが、彼らにしてみれば、お通夜や告別式でキチンとしたお別れをしたかったのだろう。

遺体なき葬儀には、どこか死の実感が伴わない。
「悲嘆のプロセス」という言葉があるが、死を受け入れるためには遺体とキチンと向き合うことも大切なのだと思う。
その後、父と姉を見送ったが、そのとき納棺師(厳密に分けている葬儀社はあまり無いのかも知れないが・・)の立ち振る舞いを感心して眺め、子供らに死装束の意味を説明しながら、一緒に草鞋などを履かせてくださる行為をありがたく思っていた。数日間ではあるが、子供らは悲嘆のプロセスをその心の中で消化していってくれたと思う。

若い頃は、葬儀そのものに何の意味も見い出せず、ただ虚しい偽善的な行為だとさえ思っていたのだが、いまはそうは思わないようになった。
批判的な意見も色々とあると思うが、葬儀そのものはどんな形であれ行った方が良いと思う。
金をかけなくても、死者と向き合う方法はいくらでもあるだろうし、死者のためだけではなく、生きている者のために行うという意味もあろう。

死は美しいものではなく、醜いものでもなく、ただ心に痛いものであるように思う。
痛みの先にあるものは人それぞれだが、痛みを経て育まれてゆくものもあるのだろう。
少なくとも自分はそうであったと思う。いや・・そう思いたいだけなのかも知れないが。

と・・こんなことを綴りながらも、自分の葬儀にはやっぱり無駄な金はかけて欲しくないし、そんな金があるのであれば、子供らには生きるために活用して欲しい。
缶ビール片手にそんな思いを馳せていると、子供らの会話が聞こえてきた。

「喪主って大変そうだよね・・絶対やりなくないし・・猿彦、なんかあったら頑張ってよ」
「はぁ?ああいうのは年上のモンがやるもんだろ?ねーちゃんがやれよ」
「バカ、ああいうのは男がやるんだよ・・とーさんだって年下でも喪主やってただろ?」
「はぁ・・じゃあ・・二人でやろうよ」
「いや、アンタがやるのよ・・そうだ、とーさんにやってもらおう!かーさんのも、アタシたちのも!喪主に慣れてるし・・」
「そ・・そうだね・・オレは120歳まで生きる!とか言ってるしね・・」

後方で二人の会話を聞きながら、
『チッ・・化けて出てきてやろうか・・でもそれじゃあ「おばけびと」じゃん・・「わしゃあ、まだ、送られんぞっ!」みたいな・・』
と情けないオヤジギャグに、ひとりほくそ笑みながら、妙に子供らを頼もしくも感じる。
こんな瞬間にふと思うことがある。
『あぁ、オレは生きているんだなぁ・・』
と。
当たり前のことが、当たり前のことでは無いように、心を満たしてゆく。


by gauche3 | 2009-09-29 00:02 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(9)

『マッピー』用ボーダー

プロセス



本棚を整理していたら、8年半ほど前に録音されたテープが出て来た。
当時色々と思い悩んでいた頃、知人の勧めで受けてみたセッションが
録音されたテープだった。

聞き返してみると、とても新鮮だった。
ここ最近、思い悩んでいることの答えがそこにあって、それは初めから
分かっていたことだったんだと、改めて気付かされた。

「他者の思いに入り込み過ぎる」
「自身で物事を複雑にし過ぎる」
良く聞けば、アドバイスはこれだけなのであった。

何も良いことなど無さそうなのだが、
「そのプロセスに意味がある」
と、その人はセッションの最後の方で僕に伝えたのだった。


by gauche3 | 2009-07-17 20:46 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

花と人と


ツツジとツバキを良く言い間違えてしまう。
運転中、路肩の植え込みの鮮やな色が目に入り、
「キレイなツバキだな・・」
と言うと、
「あれはツツジだよ・・いつも間違えるよね」
と女房が言う。

『いつも・・は言い過ぎだろう・・』
そう思いながらも否定はしない。昔から花の名を覚えられないのだ。
桜とか梅とか紫陽花とか・・その位良く知られた花の名は言えるのだが・・

「花々しい」という言葉は無いのだろうが、毒々しいまではいかないものの、幼い頃から、主張し過ぎる花冠や花弁を持つ花をあまり美しいと思ったことがない。強い香水や派手な化粧を連想してしまうのかも知れない。

子供の頃、母の派手な化粧が嫌いだった。
ときどき食事に化粧のにおいが付いている(本当にそうだったのかは分からないのだが、食事のとき姉と二人で良くそんな話をしていた)ことがあり、母に何度か小言を言った記憶がある。
気が強い母は悪びれもせず、
「だったら食べるな」みたいなことを僕らに言うので、姉と二人でブツブツ言いながら食べ始めるのであった。
その反動もあったのか、姉はあまり派手な化粧はしない人だった。祖母と伯母もそうだったので、母だけが異端児であったのかも知れない。

母の花に対する知識の無さは、僕の比では無かった。
ある日、花粉アレルギーの姉が帰宅すると、台所と居間に大量の花粉を付けたセイタカアワダチソウが花瓶に挿してあったそうだ。
唖然とする姉を尻目に母は、
「綺麗な花でしょう!?空き地にたくさん咲いていたのよ!」
と嬉々として言い放った。
僕はその場に居なかったので、後で姉からその話を聞いて大笑いしたのだが、姉は怒りまくっていた。

母の生前、家族は大変な思いをさせられたのだが、親戚は、
「ホントに面白いと言うか、破天荒な人だったよね・・猿夫君たちは苦労したんだろうけど・・」と今でも楽しそうに語る。
最近になって、
『何が悪かったんだろう?』と思うときがある。
後悔とか悔悟とか、そんな感情ではないのだが。
ツツジでもツバキでも、セイタカアワダチソウでもナノハナでも、実は何も悪いことは無く、何でも良かったようにも思うのだ。

花はみんな花で良いし、人はみんな人で良い。
細分化は要らない。
分かっていながらもそうしている僕は、黄色い花粉を撒き散らすクソヤローかも知れない。
「バカヤロー」とか「クソヤロー」とか、「シンジマエ」とか「イキテミロ」とか、ときどきそんな言葉を、新宿駅のホームのど真ん中で叫びたくなる。
おそらく通報されるから、きっとそんなことはしないのだが、母なら叫べるのだろうか?
いや、叫んだのだろうか?

墓参のときに選んでもらう花は、少しだけ派手なものにしている。
「墓参りなんですが・・少し派手目なものを・・」
そう告げると、花屋さんは故人を想像して花を選んでくれるような気がする。
僕ならばきっとそうすると思うからだけなのだが・・
ときどき、むくむくと悪戯心が沸き起こり、
『セイタカアワダチソウを持って行ってみようかな・・』
などとも思うのだが、あの世で母と姉が喧嘩になりそうだから、さすがに実行に移したことはない(笑)

by gauche3 | 2009-05-23 00:25 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(8)

『マッピー』用ボーダー

忘却を知る記憶


ここ最近、記録と記憶について色々と考えていた。
目の前に、一昔前には存在しなかった膨大な記録が溜め込まれた遺品がある。
パソコンとか携帯電話とか。

膨大な記録の中には、見たことを後悔させられるデータが残されていることもある。
故人と自分だけに関わることであれば、自分の感情も一過性のものとして終わらせることが出来るのだが、そこにまだ生きている人間が介在してくると、その人間に対する感情を消化するのに時間がかかってしまう。

もう、物言わぬ死者と、何食わぬ顔で生きている生者。
冷徹な記録は、その狭間に在る人間を孤立させる。
湧き上がって来る複雑な怒り。
死者と自分と生者。
それから、その生者に繋がる別の生者。
自分の感情のままに思いを吐き出して行動に移したら、その先に繋がる生者は深い哀しみに包まれるのだろう。
その憶測が足を踏み止めさせる。
熱い湯船に全身浸かりながら、ずっと頭部にだけ冷水がかけ続けられている感じ。

あらそいごと。
戦争とか訴訟とか、そう言った類のものには、
そもそも始まりも終わりもないのかも知れない。
いつまでも、どこまでも不毛だ。
不毛であるのなら、いっそ最初から最後まで何も無い方がいい。
中途半端であるのなら、
憎むことも許すことも、
己が楽になるためだけの方便に過ぎないのかも知れない。

記録が記憶を壊そうとする。
温かい記憶を、
温かく変わりつつあった記憶を、
冷たい記録が、無慈悲に壊そうとする。

あぁ・・けれども、
忘却を知る記憶は、
きっと、完全な記録よりもずっと強いのだ。
だから、人間は生きてゆけるのだと思う。

by gauche3 | 2009-05-11 22:08 | 記憶の襞の奥に住む人 | Trackback | Comments(2)

『マッピー』用ボーダー